こちらの記事は「前編」「後編」と別れております。
前編では学会スライドの構成、レイアウトやデザインのセオリーなどに触れております。ぜひ一読お願いします。
目次
学会スライドに必要なマナーと注意点
COI(利益相反)開示・謝辞・参考文献を忘れない
学会スライドは、単なる発表資料ではなく、公式な学術記録の一部です。そのため、内容の正確さだけでなく、倫理的な透明性が求められます。
特に重要なのが、COI(Conflict of Interest:利益相反)開示です。
COI開示の基本
- 製薬会社や企業からの研究助成を受けた場合
- 特許・知的財産権に関与している場合
- 発表内容が営利活動に関連する場合
最後のスライド、またはタイトル後に
「本研究に関して開示すべきCOIはありません」
または
「〇〇社より研究助成を受けています」
などと明記します。
形式は学会によって異なりますが、記載がないこと自体が信頼性を損なうこともあります。
謝辞(Acknowledgement)
実験協力者、共同研究者、資金提供機関などに対して感謝を示すスライドを設けるのもマナーです。ただし、長々と書くのではなく、1枚に「一文+所属名」程度でまとめましょう。
例:
|本研究は〇〇大学△△研究室の協力により実施されました。
参考文献(References)
発表で引用した論文・データ・図表などは、最後に出典を明記します。
引用形式は学会ごとに細かく異なりますが、最低限、著者名・雑誌名・年・巻・ページを記載すれば問題ありません。
引用の正確さは、発表者の誠実さを示す重要な要素です。
学会指定テンプレートとファイル形式の確認
発表スライドのトラブルで多いのが、形式や比率の違いによる崩れです。これは「PowerPointだから大丈夫」と油断して起きる典型的な問題です。
スクリーン比率(4:3 vs 16:9)
古い学会会場では、いまだに4:3比率のプロジェクターを使っている場合があります。最近のPCやオンライン発表では16:9が主流ですが、比率が合わないとスライドが上下に黒帯表示されたり、文字が切れたりします。
事前に学会案内やマニュアルを確認し、指定された比率で作成しておきましょう。
2. フォント互換性
別のPCでスライドを開くと、フォントが置き換わって崩れることがあります。
これを防ぐには、
- フォントを埋め込む(PowerPointの「オプション」設定で可能)
- あるいはPDF形式で保存する
のどちらかを行っておくのが安全です。
特に国際学会では、日本語フォントが表示できない場合があるため、英語スライドの場合は欧文フォント(Arial, Segoeなど)のみ使用することを推奨します。
3.ファイル形式と提出方法
学会によっては、発表前にスライドをオンライン提出する場合もあります。
指定が「PDF」「PPTX」「Keynote」「MP4(動画)」のいずれかに限定されることもあるため、
提出フォーマット・ファイル名・提出期限は必ず確認しましょう。
図表・データ引用時の著作権と倫理的配慮
学会スライドは公の場で配布・撮影される可能性があるため、著作権・肖像権・機密保持の観点からも注意が必要です。
他者の図・写真・文章を引用する場合
- 必ず出典を明記する(「文献名+年」など)
- 加工・改変を行う場合は「改変引用」と明示する
- 他人の研究データを転載する場合、事前に許可を得る
たとえば、レビュー論文の図をそのまま貼るのは危険です。再構成や自作グラフに置き換えるほうが安全で、見た目にも統一感が出ます。
被験者データ・写真を扱う場合
人を対象にした研究(医療・心理・教育分野など)では、被験者が特定できる写真やデータをスライドに載せる際に同意が必要です。
倫理審査を通過した研究でも、学会発表用に改めて匿名化・加工を行いましょう。
研究機関・企業との守秘義務
共同研究で得たデータや社内情報を扱う場合、公表制限があるデータを不用意に載せると契約違反になることがあります。
公開可否の確認を怠らないこと。特に企業共同研究では要注意です。
トラブルを防ぐための事前チェックリスト
どんなに完璧なスライドでも、発表直前のトラブルは起こり得ます。
最後の仕上げとして、以下のチェック項目を確認しておきましょう。
ファイル・データ関連
- スライドをUSBとクラウド(Google Driveなど)に二重保存しておく
- 発表PCのOS(Windows/Mac)を確認
- フォント・動画・音声の動作チェック
会場・機材関連
- HDMI・VGAなど接続端子を確認(必要であれば変換アダプタを持参)
- プレゼンター(リモコン)を事前にテスト
- 発表時間のカウント方法(タイマー or ストップウォッチ)を決めておく
発表者自身の準備
- 原稿を丸暗記せず、スライド1枚=1分で説明できる練習をする
- 想定質問を3つ用意しておく
- 最後のスライドに「Thank you」や「Questions?」を入れて終わりを明確に
これらを整えることで、本番の不安が激減し、発表に集中できるようになります。
まとめ:形式を整えることは、研究への敬意を示すこと
スライドのマナーや形式は、単なる“お作法”ではありません。それは、あなたの研究に対する誠実さの証明です。
学会の場では、細部の丁寧さがそのまま発表者の印象につながります。
COI開示や出典明記、フォント統一といった小さな気配りが、結果的に「信頼できる発表」として聴衆に受け止められるのです。
学会スライド完成後に見直すべきポイントとリハーサル法
スライド完成=ゴールではない
スライドが完成すると、つい「これで終わり」と思いがちです。しかし、完成したスライドはまだ“原石”です。誤字脱字や図表のズレ、説明の流れなど、一度客観的に見直すことで、驚くほど多くの改善点が見えてきます。
スライドづくりの最終段階は、「編集」ではなく「調整」の時間。ここで丁寧に整えることで、発表中の安心感と説得力が桁違いに上がります。
誤字脱字・表記ゆれ・図表整合性の最終チェック
研究者のスライドでは、誤字脱字よりも「表記の不統一」がよく見られます。たとえば、同じ用語を「AIモデル」「AIモデル」「AI モデル」と混在させてしまうなど。
一つひとつは小さなミスでも、聴衆には「注意が行き届いていない発表」と映ります。
チェックのコツ
1. 単語統一
略語・英字・カタカナ表記などを、最初に使った形に合わせる。
→ “データセット”と“データ・セット”の混在を防ぐ。
2. 単位・数値の整合性
桁の区切り、小数点、単位(μm, %, sなど)を統一。
→ グラフ内と本文で単位が違うケースは意外と多い。
3. 日本語のリズム
文末表現(です/である)の混在をなくす。
→ 発表では「です・ます調」に統一した方が聞きやすい。
4. 誤字脱字の確認
自分で読むだけでなく、声に出して読むのが有効。
黙読では見落とすミスが、音読だと意外と気づけます。
タイマーを使った発表時間のシミュレーション
学会発表は時間厳守が絶対です。どんなに良い内容でも、制限時間をオーバーすると印象が悪くなります。
最も確実な練習方法は、タイマーを使って通し練習を行うこと。口頭で説明しながらスライドを進め、発表時間を計測します。
時間配分の目安(10分発表の場合)
- 導入(背景・目的):2分
- 方法:2分
- 結果・考察:5分
- 結論・質疑導入:1分
このように構成しておくと、質問時間を含めても余裕を持って終えられます。また、練習を重ねるうちに「この部分は説明が長すぎる」「ここは要点が抜けている」といった構成上の歪みが自然に見えてきます。
リハーサルは“削る勇気”を養う時間でもあるのです。
聴衆の反応を想定した「練習プレゼン」の効果
自分一人で練習するよりも、他人に聞いてもらうと発見が倍増します。特に、同じ研究分野ではない人に聞いてもらうと、「どこが分かりにくいか」が客観的に分かります。
効果的な練習方法
- 同僚や学生に対して模擬発表を行う
- 発表を録画して、自分で見返す
- 録音を聞きながらスライドをめくり、説明テンポを確認
録画はとても有効です。自分では気づかない「話す速さ」「言いよどみ」「指示語(これ、それ)」の多さに驚くはずです。
気づいた箇所を一つずつ改善していくだけで、発表の完成度が一気に上がります。
発表前日のチェック項目と心構え
発表直前は、スライドをいじるよりもコンディションを整えることが重要です。前日に徹夜で修正しても、当日のパフォーマンスは確実に下がります。
前日チェックリスト
- スライドの最終版をUSB・クラウド両方に保存
- 発表時間をもう一度タイマーで通し確認
- PCの電源設定(スリープOFF)・音量・接続端子の確認
- 発表服装・名札・筆記用具の準備
- 声を出して最初の3分を練習(導入を滑らかに)
学会発表は評価の場であると同時に、研究を共有する交流の場です。多少の言い間違いやスライド操作ミスよりも、自分の研究を“誠実に伝えようとする姿勢”のほうがずっと印象に残ります。
発表当日の心の整え方
会場に入ると、照明、音響、観客の視線……すべてが普段と違います。緊張は当然のことです。ここで役立つのが、「3枚先のスライドを常に意識する」技術です。話しながら、次の2〜3枚の流れを頭に置いておくと、言葉に詰まっても軌道修正しやすくなります。
また、スライドを読むのではなく、“話すように説明する”ことを心がけましょう。発表は「パフォーマンス」ではなく「対話」です。聴衆はあなたを試しているわけではなく、あなたの研究を理解したいと思って座っています。その前提を忘れなければ、自然と声も表情も落ち着きます。
まとめ:完成度を決めるのは「最後の30%」
良いスライドは、デザインでも構成でもなく、準備の丁寧さから生まれます。最初の70%は“つくる力”で、残りの30%は“磨く力”です。誤字を直し、流れを整え、時間を測り、練習を重ねる。この地味な反復こそが、発表当日の自信と安定を支えます。
スライドを作ることは、研究を再構築すること。発表を仕上げることは、自分の思考を磨き上げることでもあります。
学会スライドを「伝える力」に変えるために
学会スライド作成の三原則:「簡潔・構造的・視覚的」
ここまで見てきたように、分かりやすい学会スライドの本質はデザインの派手さではありません。最も重要なのは、「情報をどう整理して、どう伝えるか」という構造設計の部分です。
そのための指針となるのが、次の三原則です。
-
簡潔(Concise)
-一文、一スライド、一メッセージ。余計な言葉を削ることで、要点が際立つ。
-
構造的(Structured)
-背景→目的→方法→結果→考察→結論。この論理的な流れを崩さない。
-
視覚的(Visual)
-文字ではなく図表で語る。聴衆が“見て理解できる”構成を意識する。
この三原則を守るだけで、発表は劇的に伝わりやすくなります。
“魅せるスライド”ではなく、“伝わるスライド”へ。
それが学会という場におけるプレゼンテーションの理想形です。
研究の価値を正しく伝えるための視点
どんなに素晴らしい研究でも、伝え方を誤ると評価されません。一方で、丁寧に構成されたスライドは、研究の意義を的確に浮かび上がらせます。
重要なのは、「聴衆に理解されて初めて研究は存在する」という考え方です。
研究とは発表をもって完成するプロセスであり、スライドはその「研究の翻訳書」と言ってもいいでしょう。
聴衆との対話としての発表を意識する
発表を“試験”だと思うと、緊張もプレッシャーも増します。しかし、本来の学会は「知識の共有と対話の場」です。
スライドはあなたが一方的に話すための道具ではなく、対話を生み出す媒介です。そのために有効なのが、「質問を呼び込むスライド」です。
つまり、「すべてを説明しすぎない」こと。
あえて余白や含みを残すことで、聴衆が考え、質問したくなる余地をつくります。発表の終わりに質問が出るのは、聴衆が理解し、興味を持った証拠です。
質問は恐れるものではなく、研究が届いたサインなのです。
「伝わる研究者」になるために
良いスライドは、一夜にして作れるものではありません。しかし、経験を積むごとに「伝え方の勘所」は確実に磨かれていきます。
- スライドを作りながら、「なぜこの順番にしたのか」を言語化する。
- 発表後の質疑で出た質問を、次のスライド構成に反映する。
- 他人の発表を“構成の視点”で観察する。
こうした習慣が積み重なっていくと、スライド作成は単なる作業ではなく、“研究を客観的に見る訓練”になります。
そして、それこそが「伝わる研究者」への第一歩です。
未来の発表に向けて:継続的なスライド改善のサイクル
スライドは完成して終わりではありません。発表後に「もっとこうすればよかった」と思うことこそが、次への財産です。
次回の学会では、
- 聴衆の反応が良かったスライドを残す
- 評価が低かったスライドの構成を見直す
- フォント・色・余白などデザイン面を継続的に改善する
といった小さな改善の積み重ねを意識しましょう。
研究は日々進化します。
まとめ
学会スライドを分かりやすく作ることは、単に見やすい資料を作ることではありません。それは、研究をどう伝えるかという「知の表現技術」です。
フォントや配色、構成、構文、どれも細部のように見えて、実は聴衆の理解を支える重要な構造です。
「良い研究」よりも「伝わる研究」。それを実現するのが、分かりやすい学会スライドです。
こちらの記事は「前編」「後編」と構成されています。
前編では学会スライドのレイアウトやデザインのセオリーなどに触れております。ぜひ一読お願いします。
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